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大津地方裁判所 昭和46年(わ)212号 判決 1971年11月05日

主文

被告人を罰金二五、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四六年六月三日午後五時一〇分ころ、乗用自動車を運転して競輪開催中で交通混雑する大津市柳ヶ崎九番一〇号地先ふじ食堂前道路を進行し、右折のため右折指示をして停止したところ、直進するものと判断した滋賀県警察本部警備部巡査稲田政美(当時二二歳)より後続車両が停滞するから早く直進するよう大声で指示されたが、雇主を迎えに急ぐ途中で気がせいていた被告人は同巡査が雨合羽を着用していたため附近の交通整理にあたっていたガードマンと誤認してその態度に立腹し、下車するや同巡査に対し体当りし、さらに左下腿部を蹴る暴行を加え、よって同巡査に対し加療約五日間を要する左下腿挫傷の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(常習的傷害の訴因を認めない理由)

本件公訴事実は、暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条ノ三にいわゆる常習的傷害に該当するものとして起訴されたのであるが、当裁判所は次に述べる理由により常習性を認めず、刑法第二〇四条の傷害の事実を認めた。

一、判示被告人の各供述調書、検察事務官作成の前科調書、ならびに略式命令および調書判決の各謄本によれば、以下の事実が認められる。被告人は、昭和三八年一二月九日、大津簡易裁判所において暴行傷害罪で罰金一〇、〇〇〇円に処せられて以来、同三九年四月一三日、岸和田簡易裁判所において脅迫罪により罰金一五、〇〇〇円に、同三九年四月二三日、大津簡易裁判所において器物損壊暴行罪により罰金七、〇〇〇円に、同四〇年一月二九日、同簡易裁判所において傷害罪により罰金一五、〇〇〇円に、同四一年一月二四日、大津地方裁判所において暴力行為等処罰ニ関スル法律違反の罪により懲役八月に、同四二年五月一九日、同地方裁判所において右同罪により懲役一〇月に各処せられた事実が認められ、当時被告人が暴力行為を反覆累行する習癖を有していたことは明らかである。しかし、被告人は、同四二年四月一〇日に犯した右最終の事件で服役し、同四三年二月二七日に右刑の執行を受け終った後は、自己の短気な性格を自覚反省し、以来自制して真面目に働いていたものと認められ、最終事件の犯行より四年余、右刑の執行終了後三年余の間、暴力的事犯はまったく認められない。そして、本件は、交通混雑状況にあった大津競輪場附近道路における、判示認定のような動機、態様の偶発的事案と認められ、以前の各犯行もいずれも些細な動機からのものと認められるから、その点、被告人に短気な性格傾向は窺われるものの、現在においても、かつてのように、被告人に暴力行為を反覆累行する習癖があり、本件行為はその常習性の発現として行なわれたと認めるには不十分であり、常習的傷害を認定するには合理的疑いをさしはさむ余地がある。

二、そして、刑法第二〇四条の傷害の事実は、暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条の三の常習的傷害の訴因たる事実の縮小形態であるから、裁判所は訴因罰条の変更手続を経ないで右傷害の事実を認定することができるものと解する。

(法令の適用)

判示所為は刑法第二〇四条、罰金等臨時措置法第三条に該当するので所定刑中罰金刑を選択し、所定金額の範囲内で被告人を罰金二五、〇〇〇円に処し、刑法第一八条により右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文によりこれを被告人の負担とする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 土川孝二)

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